don't want to lose you
たろう♀
とある街のとある屋敷。
この土地を治める一貴族の跡取り息子とその召使いによってこの街で起きた貴族ばかりを狙った殺人未遂事件が解決されてから数日が過ぎた。
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「行方不明?」
「ああ。このところ街の至る所において未成年者を中心に、若年層が行方をくらます事例が立て続けに発生している」
ここ数日「暗くなる前に子どもを迎えに行きたい」と給仕が早退を申し出るようになった。
先日の殺人未遂事件の例もあることからアルバーンが「また街に何かが起きているに違いない」と、事情を知っていそうなサニーを自身の部屋に連れ込み、上目遣いで問い詰めたところ「俺がお前のソレに弱いのを知っているだろ…」と視線を逸らしながらも頬を薄く赤らめ、観念したように口を開いた。
実は二人、例の事件をきっかけに友人・主従…それらを超えた恋人という関係になっており、今のように二人きりになった時は普段触れられない分、こうして大胆に距離を詰めて話すことが多くなった。
…脱線してしまったが、サニーの話によると貴族街から少し離れた場所に位置する貧民区にて若年層が行方不明になる事件が発生しているという。
先の事件の解決により脅威が消えたことで夜まで働く人間が増えたが、これ以前にも貧民区では年齢問わず遅くまで労働させていることが問題になりつつある。
そして最近になって「朝になっても子どもが仕事から戻ってこない」という届出が立て続けに警察に寄せられており、さすがにおかしいと調べを進めたことで届出がない行方不明も明らかになり事態が発覚したらしい。
「同時に各地に点在している同じ年齢層のストリートチルドレンの人数も極端に減少していると…憶測は禁物だがこれも無関係とは言い難いな」
「そうだね。同じ年齢層が同時期にいなくなっているからそう考えても不思議じゃない」
「…アルバーンのことだからどうせ気になってレッスンにも集中できないと思って、届出が提出された人々の目撃情報があらかた記された地図とメモを情報屋から入手してあるけれど、見るんだろ?」
「Wow!流石サニー、僕のことをよくわかっているね」
サニーから地図を受け取ったアルバーンは近くの大きな机にそれを広げたが、どれもこれも時間帯や場所などの共通点が見つからず頭を抱えるばかりだった。
サニーが淹れたハーブティーもその間に冷めてしまい、淹れ直したカップが置かれたタイミングでアルバーンは一つため息をつく。
「…うーん、地図だけ見ても何もわからないな。直接現場に行ってみたらわかると思うけれど」
「『アルバーンと近い年齢層』の人間が行方不明になっているからな、間違いなく当主様は首を縦に振らないだろ」
「僕にはサニーがついているから平気なのに…それに街の危険をなくすためにはそんなことを言っていられない、早速調査に行かなきゃ!」
「落ち着けアルバーン、俺の話を聞いたか?正義感が強いのは認めるが、それでお前が危険な目に遭ったらどうするんだ」
今にも飛び出しそうな勢いのアルバーンとは真逆に、サニーは平静を保ったままアルバーンを止めた。
当のアルバーンは何を言うのかと、きょとんとした顔でサニーを見る。
「だからそうならないようにサニーが守ってくれるでしょ?あの時みたいに!」
「あれは犯人が一人だったから強行できたんだ。だが今回は被害の規模が明らかに違う…集団による犯行の可能性がある以上、アルバーンを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「でも…」
「…あの時だって俺と入れ替わっていなければ、犯人に襲われていたのはアルバーンだった。もしお前の身に何かがあれば当主様はひどく落ち込まれるだろうし……何より俺が悲しい、分かってくれ」
サニーはアルバーンの頬に触れ、手袋越しに彼の体温を感じながら彼のオッドアイと自身の蒼い瞳の視線を合わせ、心の内を話した。
一方アルバーンはというと、サニーの言葉を聞いてそのまま黙り込んでしまった。
自分のやろうとしたことで恋人に心配をかけてしまったことを今になって気付いたらしい。
「…わかった、サニーがそこまで言うなら諦める。この事件は警察に任せようか」
「!アルバーン…ありがとう、思いとどまってくれて嬉しいよ」
「僕だってもう大人だもの。そこまで危険だというのなら引き際ってものも必要だし…サニーにそんな顔をさせちゃったのも、申し訳なくて」
アルバーンの愛おしい言葉でサニーは思わず恋人を抱きしめようとしたが、次のレッスンの時間が迫っているためもうすぐ自分達がこうしていられる時間も終わってしまう。
そうすると抱きしめるだけでは終わらないことは自覚していることから、名残惜しくはあるもののすぐに召使として意識を切り替えた。
「…それではこの後のご予定ですが、統計学と外国語のレッスンを自室にて受けていただきます」
「はーい、あの先生の指導厳しいからなるべく怒られないようにしないと…」
サニーはいつものように淡々と予定を告げ、アルバーンはこの後待ち構える勉強地獄を嫌がる素振りを見せ、先程までの事件について何事もなかったかのように机に広げた地図とメモを勉強道具と入れ替えるために片付けた。
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その夜。
(なーんて、この僕が諦めるはずがないでしょ)
街を守る正義感が強い彼はそう簡単に諦めるはずがなかった。
恋人関係になってサニーが自分に甘くなったことを利用し、他に目が行かないように素直になって接したところで判断を鈍らせ、「彼が仕入れた情報」を勉強道具と入れ替えるタイミングでこっそり自分の部屋に隠しておいたのだった。
夜になって当時の自身の行動を思い出したサニーが忘れ物に気付くことを見越し、"情報"を持って屋敷を抜け出した…という算段だった。
そんな今のアルバーンは寝間着姿から労働者のような服を纏い、一目で貴族の跡取り息子とはわからない格好になっていた。
これならば慌てて探しに来たサニーと万が一すれ違っても、アルバーンだと気付かれる可能性は低いだろう。
「…と、屋敷から離れないとサニーの脚なら追いつかれちゃうかも。急いで街に向かおう」
自身の特徴的なオッドアイを隠すように地味な黄土色の大きなキャスケット帽を深く被り、屋敷から一番近い距離…それでも20分はかかるものの、行方不明になった者らの最後の目撃情報が多い地域に駆け足で向かった。
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アルバーンは目的の場所に着くと、地図の情報のみでは分かりえなかった現場の状況をようやく把握した。
現場は住宅が壁のように並んでいるものの、開発が進みガス灯整備が進んだ地域から数分歩いた場所というだけなのに、真夜中である今は建物の窓から仄かに漏れる明かりがなければ少し歩いただけで真っ暗な道が伸びる場所だった。
そしてアルバーンが訪れた路地には何も敷かず冷たい石畳に直に座る者が多く、衛生的にも良いとは思えなかった。
(なにこれ…少し街から離れただけでこんなにも暮らしの質が違う。彼らのことを悪く言うつもりはないけれど、ここを通らないと家に帰れない人だっているはずなのに、もし怪しい奴らが隠れていてもまるで分からないじゃないか)
百聞は一見に如かずとはこのことだ、やはり実際に見てみないとわからないことがこんなにもたくさんある。
屋敷に戻ったら説教を食らうことは目に見えているが、アルバーンの正義感がこの状況を放置するわけにいかず、事件調査の次に優先事項として改善を要求しようと念頭に置いて実際に路地に歩を進めた…しかし。
シュッ ドスッ!
「ぅあっ!」
ドサッ
アルバーンがいた場所から少し後ろの細道から何者かが現れ、その人物が繰り出した蹴りを背中に食らいアルバーンは成す術もなく石畳に転んでしまった。
「ぐ…な、に……?」
「はは、襲ってくれと言わんばかりに一人でボーっとしているのが悪いんだよ」
アルバーンは受け身を取れず痛みが走る身体を声のした方向に捩ると、仲間らしき者が後ろに2人控えているのが見えた。
多勢に無勢で何もできないのは明らかなのを察し、せめて警察に報告してやろうと彼らの顔を確かめようと顔をあげると、男達の反応がガラリと変わった。
「おい、コイツの目の色…左右で違うぞ」
(目の色…しまった、帽子がない!さっきので落としたのかも、今すぐ逃げなきゃ…)
「なんだって?もしかしなくても上物を見つけたか?」
「ハッこれは好都合だ、これを出せば今回の報酬は跳ね上がるに違いない」
(上物?一体何を…まさか、今回の行方不明事件にこいつらが関係して…)
「…む、ぐぅ!」
アルバーンはなんとかして話を聞き取ろうとすると、鼻と口元を覆うように布があてられた。
呼吸がしづらくなったことで動揺して深呼吸をしてしまうと、蹴られた時よりも頭に重く圧し掛かるような感覚がアルバーンを襲った。
どうやら布地には眠らせる成分の薬が仕込まれていたのだろう、そのままアルバーンは抵抗する間もなく意識を失いガクンとその場に崩れ落ちた。
男の1人がアルバーンを抱え上げ、他の男達は「コイツこんなになるまで酒飲みやがってー」と友人を装った嘘の会話を繰り広げ、誰にも怪しまれないような形でその場を去ることに成功した。
…蹴りの衝撃で落ちた、その地域に住む人間にしては真新しすぎるキャスケット帽を現場に残したまま。
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(なんてことだ、1人で屋敷から抜け出すだなんて!)
時は戻ってアルバーンが屋敷を駆け足で離れた頃、サニーは行方不明事件の情報資料が自分の部屋にないことをようやく思い出した。
内容が内容の為すぐに回収しようと自身の仕える主の部屋に向かい、何度か扉をノックしたが中から返事はなく、既に夢の中へと旅立ってしまったかと思い部屋の中に入る…が、そこには脱ぎ散らかった寝間着と、全開の窓と部屋中のカーテンや布地を結んで部屋を抜け出した痕跡だけが残された。
気が付いた時には屋敷を飛び出し、アルバーンと直前まで話していた一番行き先として心当たりのある場所へと全速力で向かっていた。
彼の中に燻ぶる嫌な予感が的中しないようにと、待ち往く人々を躱し且つ辺りを見回しながら…。
サニーは息を切らしながら目的の場所に着き、呼吸を整えながら誰も入るのを躊躇うだろう薄暗い路地を進もうとした。
…が、その途中でサニーの視線は道端に落ちている…この場所にはふさわしくない真新しめのキャスケット帽に向けられた。
不思議に思ったサニーはそれを警戒しながら拾ったが、持ち上げた時に漂った残り香でその持ち主が誰なのかに気付いてしまった。
(この匂い…アルバーンが就寝前に塗っている保湿クリームと同じだ。ということは先程までここにいたのか?だったらなぜここに落ちている?)
「…良い恰好をした金髪のアンタ、その帽子はアンタの連れさんのものか?」
「は…?」
突然他所から声をかけられ、サニーが声のする方を向くとそこには石畳に直に座る一人の老いた浮浪者がいた。
まさか自分に話しかけられるとは思っておらず間の抜けたような返事をしてしまったが、そんなことを気にしていない老人は「だがなあ」と呑気にあくびを浮かべながらサニーを絶望に叩き落すような言葉を放った。
「少し遅かったな。その帽子を被っていた茶髪の兄ちゃん、さっき目の色が左右で違うとか報酬が~とか話していた怪しい男達に連れて行かれたぞ」
「なっ!?」
「はっ、探し人は確定したようだがそう叫ぶな。ただでさえ夜中だというのにさっきから騒がしくて迷惑しているんだ」
「…申し訳ない。それでご老人、その一行の特徴を覚えていたら聞きたいのだが」
サニーは老人の前に跪き、懐にしまっていた銅貨を数枚差し出した。
この近辺の人間は情報を握ってはほのめかすような発言をするが、対価を渡さない限りそこから先を教えないという暗黙の了解があった。
サニーは恋人がどのように連れ去られたのか、藁にも縋る思いだった。
老人は「ありがとよ」と呟くと銅貨を受け取り、当時の状況を話し始めた。
「男の人数は3人で、1人が兄ちゃんを後ろから蹴って転ばせた。
もう1人が顔に布を当てたらその兄ちゃんはすぐ大人しくなって、最後の1人が兄ちゃんを抱え上げて…手の空いた2人が泥酔したのをからかうような話をして去って行った。
警察辺りを誤魔化すためにやったんだろうが、最初から見ていたこっちとしては迷惑野郎に違いねえ」
(泥酔を誤魔化す…まさか!)
実はサニーがこの場所へ向かっていた道中、酔っ払いの男を抱えて歩いている集団とすれ違っていた。
抱えられている人物が一般市民の装い且つ顔が見えなかったこと、予想外の状況で焦っていたサニーの頭の中には普段着や就寝前の寝間着姿のアルバーンの記憶しか残っていなかったため、ただの民衆として認識しそのまま足を進めてしまった。
そう、最悪のタイミングでアルバーンの策略が成功してしまったのであった。
「…そうか、有力な情報感謝する」
「おうよ、どうしてこんな場所に来たのかは知らないが、見つかるといいな」
「……失礼する」
急ぐあまり形ばかりの礼を述べると、サニーは心当たりがある男達を見つけるべく元来た道を駆けた。
その道中、燕尾服の内ポケットに忍ばせていた数枚のメモの存在を想い出す。
それは彼が情報屋から購入した情報についてきたもので、アルバーンの操作意欲を向上させかねないと行方不明事件の情報でも『あえて渡さなかった』ものだった。
【近いうちにとある団体の主催で"珍しいもの"を扱うオークションが開催されるとのことです。出品内容が何一つ明かされていないのですが、十中八九サニー様の求める情報にも関係していると思われます】
開催時間と大まかな場所、入場するためのキーワードのヒントが記載されていたそれはやけに濁された内容ばかりだったものの、裏を返せば"表にできないものを扱っている"と言っているようなものだった。
(…"珍しいもの"、オークション、こんなあからさまなメモを情報と共に渡されたということは…くそっ、こうなるなら最初からアルバーンに渡しておけばよかった!)
サニーは自身が想像する限り最悪な予想が頭をよぎる。
このオークションではどんな"商品"を取り扱うのかということを……。
いつしかサニーの脚は男達の行方ではなく、メモに記された場所へと行き先が変わっていた。
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一方。
(…う…ここ、は…(ジャラッ)え、なにこれ!)
意識が戻ったアルバーンは、ふと自分の手足に枷が付けられていることに気付いた。
よく見ると動物用の格子檻に閉じ込められている上、そこから伸びた一本の長い鎖が自分の枷に付けられ、自由に動けない状態だった。
辺りを見回すと、今いる場所は壁の小さな換気口と外に出られるだろう扉が一つずつしかない、倉庫らしき密室空間だった。
そしてその流れで、アルバーンと歳が近い少年少女が何人も同じように檻に閉じ込められていることに気付く。
アルバーンは彼らの顔に見覚えがあり、即座に誰なのかが判明した。
(この部屋、行方不明事件で捜索願が出された人ばかりだ!ということは、僕を連れて行ったアイツらがこの一連の事件に関係しているってことで間違いない…けれど、何のために?)
結論付けたところで問題は山ほどあった。
自分を連れて行った時のやり取りの内容、この人数を集めた意味、ここからどうやって逃げ出すか…
そうして考え込んでいると、バンッ!と大きな音を立てて扉が開かれた。
その音で檻の中にいた他の人間はビクッと反応し、開かれた扉の外からアルバーンを連れて行ったような風貌の男が続々と入ってくる。
「お前ら、今から指示する番号と檻に付けた番号が同じ"商品"を手早く会場に運び出せ」
「「「イエッサー!」」」
(…"商品"?)
リーダー格の男は一つずつ番号を言うと、男達は檻を開けて繋がっている鎖を外していく。
外に出された人が隙を見て逃げ出そうとするが、その前に注射器のようなもので腕に何かを注入され、そのまま鎖を引っ張って無理矢理部屋の外へと連れ出された。
檻から出された直後は「嫌だ」「助けて」「帰りたい」と無理矢理出された人々の叫びは注射されたのを皮切りに勢いをなくし、最終的にはただ下を向いて無気力状態になってしまった。
このような異質な状況に普通の人なら耐えられるはずがなく、次は自分が連れていかれるのではないかと檻に残された人々は段々怯え始め抵抗する気力を失っていた。
「さて…第一陣はこんなものか、しかしすぐに捌けるだろうから直に次の呼び出しが来るだろう」
(なんてひどいことを…ここまで人を"モノ"のように扱うなんて、この部屋の外では何が起こっているんだ!)
少しするとリーダー格の言葉通り、外からやってきた別の男が「第二弾です」と番号が書かれているだろうメモ用紙を渡し、手下に番号を指示すると再び檻から人々が同じように続々と連れ出されていく。
その度に人々には例の注射が打たれて鎮静化し、連れていかれなかった人々は「いつ自分の番が来るのか」を怯えながら待つしかなくなってしまった。
(これは勝手に動いた僕への罰なのかな…サニーに怒られても一緒に調査しに行けばよかった)
アルバーンは想い人に黙って屋敷を抜け出したことを後悔し、ただひたすら息を殺して自分が呼ばれないよう祈るばかりだった。
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その頃。
「ここが、情報屋が言っていたオークション会場…」
サニーは目的の場所に着くと、一見何の変哲もない普通の建物の中に続々と貴族…サニーも何度か見たことがあるような人々とその付き人が入っていく様子が見えた。
(時間帯が深夜でなければ普通の光景だが…身元が分からないような仮面、衣服…ここで行われる催事を知る者からしたら”そう”としか考えられない装いだ。
しかし俺も存じている貴族がこのような催しに参加していたとは…一度俺の情報を一新する必要がありそうだ)
今のサニーは執事服を身に纏い招待状も持っているため、顔面を覆うもの以外は入場条件を満たしているが、いざ潜入したところで「そこからどうするか」という点では手詰まりだった。
(この先にアルバーンがいるかもしれないというのに、何もできず事が終わるのを見ているしかできないのか…!)
「…失礼そこの方、このような場所に立って何をしているのか聞いても?」
「っ!しまった……ハッ、貴方は!」
サニーは奥歯を食いしばるような思いで建物の入口を睨みつけていると、背後から誰かにトントンと肩を叩かれ話しかけられた。
目の前のことに目が行って当たりの警戒を損ねていたサニーは驚いて振り返ると、そこにいたのは解決の糸口になりそうな人間だった。
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…
……
「入るぞ」
「旦那、お疲れ様です!さっきお伝えした上物は…番の檻にいます!」
「…アレか、私をわざわざここに呼び寄せたというのだからそれ相応の価値があるのだろうな?」
あれからどれほどの時間が経過しただろう。
逆算してあと3回程で囚われた人がいなくなるというところで、今までの柄の悪い男達とは異なり如何にも偉い位置にいることを示す質の良いスーツを着た細身の男が部屋の中に入ってきた。
この場にいる男達がスーツの男に媚び諂う姿からして、この関連の動きの総締めが彼だということは一目で分かった。
スーツの男はアルバーンの閉じ込めている檻の番号を聞くと、ツカツカと革靴の音を立てて檻に近付き、少し離れた位置からアルバーンを上から下までじっくり品定めするように視線を向けた。
特にアルバーンのオッドアイを見る目は得体のしれぬ感情に満ちており、嫌悪しながらも拘束された状態で抵抗できないことを自覚しているため、アルバーンはただひたすら我慢するしか方法がなかった。
(誰だろう、こんな男はこの街でも取引先のパーティでも見たことがない)
「ほう、労働者にしてはやけに綺麗な身なりをしている…既にどこかで大切に飼われていたところを逃げ出したクチか」
("かわれていた"ってなに?明らかに人に対して使う言葉じゃないのに)
「・・・だがよくやった、コレは今まで見た中でも間違いなく上物の"商品"になる」
男の口からはアルバーンの常識では信じがたい言葉ばかりが飛び出してきたが、それを聞いた男達は「おお!」「ありがとうございます!」と喜びの声をあげている。
アルバーンの品定めを終えたところで「そうだ」と男は清々しい笑みを浮かべてこう言い放った。
「コレは今回の【オークション】には出さず、"しつけ"を施してさらなる価値を見出そうじゃないか!男らしからぬ愛らしさが残る見た目やオッドアイ以外にも付加価値を増やせば、その分開始価格もドンと引き上がるだろう」
(オークション、だって…?じゃあ男達が連れ出した人を"商品"と言ったのはそういうことだったのか!)
行方不明事件の真相は、オークションという名の人身売買による"商品確保"のためだった。
言葉にするのも憚られるが、おおよそ法外な肉体労働や「そういう目的」で購入する者の集まりだろう。
男達の言葉と目の前で行われた非道な行いで、アルバーンはとうとう事件の真相にたどり着いた。
「良い考えじゃないですか!最近は殺人未遂事件とやらのせいでいいカモが出歩かなくなったり開催延期になったりどうなるかと思いましたけれど、正義感溢れたお貴族様が解決してくださったらしいし!
おかげで財布をパンパンに膨らませた客がやってくるから実質プラマイゼロどころか黒字行きっスね!」
(…え)
だが奇しくも例の事件をアルバーンとサニーが解決したことによって夜中の人出が増え、「木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中」というように男達が思う存分動けるようになり、被害が拡大してしまったのだろう。
そんな裏があったことを知るはずがなかったアルバーンはひどく落ち込み、先程まで美しく輝いていた異色の瞳から光が失われていった。
(まさかあれがきっかけでこんなことが…そんな、街の皆のためにやったことなのに。僕達が…僕がしたことは、間違いだったの?)
「そうと決まったら早速調教に移しましょう、コイツにも今すぐ"いうことをきくクスリ"をぶっ刺します?」
「まあそう焦るな、注射は即効性と引き換えに痕が残るからキズモノとなって基本価値が下がるだろう。少々面倒だが調教用の粉薬を水に溶かして飲ませよう」
リーダー格とスーツの男が話をする間、アルバーンは手下の男によって先に檻から出されていた。
しかしアルバーンは自分のしたことが今回の事件を招いたと聞き自信を喪失し、薬品が溶けて白く濁った液体の入ったコップが用意されるのを抵抗せず見届けるだけだった。
そしてニタニタ笑うスーツの男によって口元を無理矢理開かされ、液体が流し込まれ…
ようとした、その時だった。
扉がバンッ!と今まで以上に勢いよく開かれて、ボロボロになった手下の男が慌てながら入ってきた。
スーツの男は音に驚いてうっかり手を滑らせてしまい、中身の入ったコップは床にガシャンと落ちてしまった。
「ちっ…おいどうした、何があったか説明しろ!」
「た、大変だ!サツが、地元警察が会場に乗り込んできた!」
「何!?」
「どこから漏れたかどうやって怪しまれずに侵入したのか知らねぇが、突然発砲音が聞こえたと思ったら大部隊引き連れて突撃しやがって!仲間だけじゃなくて購入が決まった客までごっそり捕まりました!」
扉に繋がる廊下の先からは、会場と思わしき場所から聞こえる罵声と悲鳴が聞こえてくる。
このままでは警察がこの場所を探し当てるまでそう時間はないだろう。
「ぐ…!おのれ、こうなったらコレだけでも連れ出して逃げるしかない!」
「っ!」
スーツの男は逃走を図ろうとするがお気に入り判定をしたアルバーンを手放すつもりはないらしく、彼を繋ぐ鎖を思いきり引っ張って部屋の外へと連れ出した。
そして男が部屋の外に出たタイミングで…
ドガッッ!!
「があァァッ!!」
アルバーンの視界から男が消え去った。
違う。正確には何者かがスーツの男に攻撃を仕掛け、それによって男は廊下の奥へと飛ばされたのだった。
攻撃を食らった衝撃で男が掴んでいた鎖も手放されたが、引っ張られた勢いまでは殺せずアルバーンはそのまま倒れ込んでしまった。
痛みで身じろぐと、自分の目の前が暗くなり何者かが立っているのが分かった…つい先ほど街で男達に襲われた時と似たような状況だった。
(…はは、今までサニーに我儘を言ったツケが、やってきたのかな)
アルバーンはもう何もかもを諦めたように脱力して目を閉じると、目の前の人物がしゃがみ込むのが見えた。
そして同時に、幼い頃から嗅ぎ慣れた匂いがふわりとアルバーンの鼻腔をくすぐった。
(えっ)
「…やっと見つけた、よかった…!」
「…サニー…?」
驚きのあまり痛みを忘れて声の主の顔を見ると、そこにはアルバーンにとって良き友、良き召使…大切な恋人のサニーが、普段の使用人の顔ではなく泣きそうではないかと言わんばかりに綺麗な表情を歪ませて、ボロボロになったアルバーンを見下ろしていた。
そのまま倒れたままのアルバーンの両脇に腕を通し、上半身を起こすと自身の肩に頭をのせて優しく抱きしめた。
「…部屋に行ったらお前はいなくなっていて、探しに行った先でアルバーンらしき人間が連れ去られたのを見たって聞いて…本当に、本当に心配したんだからな!」
「さ、にー……ごめ、ごめん…う、あぁぁ……!」
手袋越しにサニーの温かな手がアルバーンの髪を梳くように撫でると、その仕草で先程までの恐怖が一気に払拭するような感覚に見舞われた。
アルバーンの瞳は少しずつ光を取り戻し、ポロポロと大粒の涙が溢れ出て、目の前にいるサニーの衣服へと吸い込まれていった。
しかしアルバーンの腕と脚は忌々しい鎖で拘束されてサニーに縋り寄ることができず、サニーはそのことに気付くともう片方の腕でアルバーンの背をゆっくりと撫でながら抱きしめる力を強め、ただ一人の友人…否、恋人として、アルバーンが落ち着くのをひたすらに待つのみだった。
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アルバーンの涙が落ち着くまでの間、遅れてやってきた警察関係者が部屋の中に突入し、誘拐された人々の保護と並行して手下やリーダー格の男を次々と拘束しており、遠くに飛ばされたスーツの男も同じように手錠が掛けられていた。
本来であれば被害者であるアルバーンは警察の事情聴取を受ける予定だったが、彼の身体には気絶させられた時に嗅がされた薬の作用が未だに残っており、自身の思うように身体が動かせないことが移動する際判明した。
よって今は救急病院にて医師の診察を受け、案内された個別待合室にて厚意で渡された温かいレモネードを飲みながら、サニー立会いのもと経過観察を余儀なくされた。
しかしただ待つだけではなく、長椅子に座ったアルバーンの隣にサニーが座り、引き離されていた空白の時間を埋めるように互いの腕同士を密着させていた。
「…どうしてサニーはあそこを突き止められたの?」
「情報屋から事件に関する情報を入手した時あそこのメモも一緒に渡されてさ、『アルバーンなら"参加して真実を突き止める"と言いかねない』とあえて隠して…それが裏目に出て、こうなってしまった、あの時の俺の選択は間違っていたかもしれない」
「そっか…うん、確かにあの時の僕ならそう言っていただろうね。でもそれをいうならオークションの開催もひっくるめたら僕のせいだけれど…」
過去の功績で舞い上がっていた当時の自分の後先考えない行動の浅はかさが今回の事態を招いてしまった。
目に見えてへこんでしまったアルバーンに対し、サニーは顔を覗き込むように体を屈めると「そんなことは俺も警察も言ってないだろ?」と非がないことを伝える。
「確かにあの事件で俺とアルバーンのしたことは褒められることじゃない。けれど今回のオークション開催がなければ、あの集団はこの街から誰にも知られず逃走していたかもしれない。
そうなると手掛かりがない状態で新たな被害者、人身売買が行われていただろう…お前の行動は多くの人間を救ったんだよ」
「サニー…」
「それと今回警察が会場に乗り込むことができたきっかけも、元を辿ればアルバーンの脱走がきっかけだったりするんだよな」
「…え?」
信じられないといった表情で声の主を見つめるアルバーンだったが、サニーはさらに言葉を続ける。
「実はオークション会場に指定された建物の近くに到着したのはいいものの、対処法を考えないまま飛び込むのは危険だと判断し立ち往生していたら、地元警察に職務質問を受けたんだ」
「…は!?それ、サニーは大丈夫だったの?」
「当然、嘘偽りなく質問に答えたから問題なくやり過ごせたよ。
ついでと言ったら若干語弊はあけれど、これ幸いにとあの建物で何が行われるかの説明をしたら、行方不明事件に関係すると聞いた警察の大部隊が駆けつけたくれた…ってわけ」
その後、富裕層らしく見える衣服を纏った私服警官の付き人に扮し、招待状を渡したことで問題なく会場に潜入することに成功した。
サニー達が会場に入室した頃にはすでに取引が何組も成立しており、"商品"…もとい行方不明になった人々が鎖に繋がれた状態で大きな檻の中に閉じ込められていた。
警官も目の前で金額の掲示と契約書のやり取りが行われたのを確認したため、現行犯という形で突撃の許可…天井に拳銃を発砲し、その音を合図に防護服を纏った部隊が会場に入り込んだ……。
「その後あの中でアルバーンを探したけれど見つからなくて、もはや手遅れかと思ったところで運営関係者と思わしき人物が裏口に逃げていくところを目撃した。
その人物の後ろを見つからないように追いかけていたら、スーツの男がアルバーンを拘束する鎖を引っ張っていたから…俺の頭に血が上るのを感じながら、アイツにはちょっと強引に気絶してもらった」
「はぁー……」
偶然が積み重なった事態のスケールの大きさに、アルバーンは背景に宇宙を背負った猫の表情になっていた。
スーツの男やリーダー格、会場にいた関係者や誘拐に携わった連中は勿論のこと、オークションに参加した貴族は軒並み逮捕された。
そして今回のオークションで取引が成立していた貴族については世間にその名が知られるだけではなく相応の懲罰が下り、今回参加していない者についても関係者から押収した過去の購入履歴などを調査して芋づる式に余罪を追及するという。
それと同時に現在進行形で行方不明になった人々の捜索・保護活動も検討中とのこと。
勿論アルバーンとサニーの両親や屋敷に出入りする使用人含めた関係者はそのようなものに手を出しておらず、潔白であることは言わずもがな。
「そっか…うん、僕のやったこと、まちがっていなかったんだ…」
「ああ、けれどすべて間違っていなかったわけではない。屋敷からの脱走を始めとした軽率な行動をした件については屋敷に戻った際にきっちり説教する、から……アルバーン?」
「……すう……すう……」
安心したことで諸々抱えていたものが崩れたのだろう、身体・精神ともに相当な負荷がかかっていたアルバーンはサニーの肩に寄りかかってすやすやと寝息を立て始めてしまった。
サニーは自分の主人の危機感のなさにため息をつきそうになるが、肩越しに感じる温もりとアルバーンの寝顔を妨げたげるわけにはいかないと我慢した。
「…はあ、人がどれだけ心配したのかわかってないだろうな、このご主人様は」
「……ふふ、さぁに…」
「何の夢を見ているんだよ、ったく」
もし警察から職質されていなければ、裏の廊下に進む関係者を見つけなければ、この肩の温もりが一生失われていたのかもしれない。
そんなことを考えたくなかったはずなのに、あの時鎖に繋がれて生気を失いつつあったアルバーンの姿が脳裏をよぎってしまう。
(本当に、本当によかった。
急に行方を眩ませたと思って探し出したらあんな姿になったアルバーンを見つけて、思わずあの男をその場でこの世から"消して"しまいそうになった。
けれど地面に打ち付けられたアルバーンのことが何よりも心配で、アイツがどうなったか確認せず駆け寄ってしまった…召使としては最低な判断だが、あの時の俺はああせずにはいられなかった……
……はは、安心したからか、俺の身体も限界になったらしい、な…)
サニーは自分の肩で気持ちよさそうに眠る主人…否、【何よりも大切な人】の姿・温度・音を感じながら、徹夜で身を粉にして走り回った自身の体を休めるように、一つ欠伸をすると瞼を閉じて夢の中へと旅立った。
「…あぅ、ばん………」
「さぁにぃ……むにゅ…」
診断結果を伝えに来た担当医師は、お互い寄り添って幸せそうに眠る姿を認めると『診断にもう少し時間を要する』という建前で見逃したのであった。
~End~